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日本铁道简介(日语资料)(来自日本百科事典)

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121
 楼主| 发表于 2007-1-26 09:18 | 只看该作者
北陸鉄道松金線 Encyclopedia

   


松金線(しょうきんせん)は、野町駅(石川県金沢市)~松任駅(石川県白山市)間を結ぶ北陸鉄道の鉄道路線。

北陸鉄道の経営合理化のため、昭和30年(1955年)11月14日 全線廃線となった。


目次
1 路線データ
2 運行形態
3 歴史
4 駅一覧
5 接続路線
6 関連項目




路線データ
路線距離(営業キロ):8.9km(最盛期)
軌間:1067mm
複線区間: なし(全線単線)
電化区間: 全線(直流600V)

運行形態
野町駅~松任駅間の営業運転時は金沢市内線と、野町駅~野々市駅間廃止後は石川線との直通運転を行っていた。


歴史

1904年11月1日 松金馬車鉄道が松任町(後の八ツ矢)~有松間を開業。
1905年11月22日 有松~野町開業。
1914年 松金馬車鉄道が松金電気鉄道に改名。
1916年 全線電化完了。
1916年 八ツ矢~松任(0.4km)開業。
1917年 電化営業開始。
1920年3月25日 金沢電気軌道が松金電気鉄道を吸収合併する
1941年8月1日 北陸合同電気(現在の北陸電力)設立にあわせて金沢電気軌道を合併。
1942年3月26日 北陸合同電気が保有路線を北陸鉄道に譲渡。
1944年4月18日 野々市~野町間廃止
1944年10月23日 野々市駅から北陸鉄道石川線との直通運転を開始。
1955年11月14日 松任~野々市(5.2km)廃止。

駅一覧
野町駅 - 八幡裏駅 - 泉駅 - 泉新町駅 - 有松駅 - 二万堂駅 - 米泉駅 - 押野丸木駅 - 野々市駅 - 野々市西口駅 - 太平寺駅 - 三日市駅 - 田中駅 - 本田中駅 - 番匠駅 - 徳丸駅 - 八ツ矢駅 - 東町駅 - 松任駅


接続路線
松任駅:国鉄北陸本線(松任駅)
野々市駅:北陸鉄道石川線(野々市駅)
野町駅:北陸鉄道金沢市内軌道線(野町駅前駅)、北陸鉄道石川線(野町駅)

関連項目
廃線
122
 楼主| 发表于 2007-1-26 09:20 | 只看该作者
北陸鉄道浅野川線 Encyclopedia

   


浅野川線(あさのがわせん)は、北鉄金沢駅(石川県金沢市)~内灘駅(河北郡内灘町)間を約15分で結ぶ北陸鉄道の鉄道路線。浅野川電気鉄道が前身であることから今でも浅電(あさでん)の愛称で呼ばれている。

目次
1 路線データ
2 運行形態
3 車輌
4 歴史
5 駅一覧
6 関連項目




路線データ
路線距離(営業キロ):6.8km
軌間:1067mm
駅数:12駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:全線(直流1500V)
閉塞方式:自動閉塞式

運行形態全て北鉄金沢~内灘間の運転で、概ね毎時2~3本、22~36分間隔で運行される。夜間を除いてほぼ1駅おきに停車する急行が運転されている。北鉄金沢~内灘間の所要時間は普通列車17分、急行14分。


車輌北陸鉄道8800・8900系電車

歴史浅野川線は、1924年1月23日に設立された浅野川電気鉄道(浅電)が開業した路線である。1925年5月10日に七ツ屋駅~新須崎駅(現在廃止。蚊爪駅~粟ヶ崎駅間)間5.3km、同年5月18日に金沢駅前駅(現:北鉄金沢駅)~七ツ屋駅間0.8km、1929年7月14日に新須崎駅~粟ヶ崎海岸駅間2.4kmを開業した。浅電は1925年に粟崎遊園を開設し、粟ヶ崎遊園前駅をその近くに設置して利用者の便を図るなど、阪急電鉄に倣った多角経営を行っていた。(遊園地は浅電社長の平沢嘉太郎個人の事業として開園したが、後に浅電が引き継いだ。)

しかし、第二次世界大戦に突入すると、粟ヶ崎遊園地は軍の宿営地となり、粟崎遊園前駅~粟ヶ崎海岸駅間の線路も接収された。さらに、終戦直前の1945年に、戦時統合により北陸鉄道(北鉄)と合併し、同社の浅野川線となった。

終戦後、粟ヶ崎遊園前~粟ヶ崎海岸駅間の線路は復旧され、北鉄金沢市内線(現在廃止)との直通運転も行われた。1974年に、港湾整備などのため内灘駅~粟ヶ崎海岸駅間が廃止された。

2001年に北鉄金沢駅~七ツ屋駅間が地下化された。地下化するに当たり車両を全て不燃化する必要があったため元京王3000系電車を導入することとなり、京王3000系に対応するために1996年に架線電圧を600Vから1500Vに昇圧し、同時にワンマン運転を開始した。

1925年5月10日 浅野川電気鉄道により七ツ屋~新須崎(後に廃止)間5.3km開業。
1926年5月18日 金沢駅前(現在の北鉄金沢)~七ツ屋間0.8km開業。
1929年7月14日 新須崎~粟ヶ崎遊園前(現在の内灘)~粟ヶ崎海岸間2.4km開業。
1945年2月11日 粟ヶ崎遊園前~粟ヶ崎海岸間1.8km廃止。
1945年10月1日 北陸鉄道が浅野川電気鉄道を合併。浅野川線となる。
1946年4月21日 三ツ屋駅を吊橋駅に改称。
1952年 粟ヶ崎遊園前~粟ヶ崎海岸間1.3km開業。
1960年5月14日 粟ヶ崎遊園前駅を移転し内灘駅に改称。0.1km延長。
1966年7月 北鉄金沢駅移転。
1972年4月1日 貨物営業廃止。
1974年7月8日 内灘~粟ヶ崎海岸間 1.3km この日限りで廃止。
1974年12月1日 吊橋駅を三ツ屋駅に改称。
1996年12月19日 架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。ワンマン運転開始。
2001年3月28日 北鉄金沢~七ツ屋間地下化。ATS使用開始。七ツ屋駅0.1km北鉄金沢方へ移転。

駅一覧

普通列車は省略:各駅に停車
駅名 営業キロ 急行 接続路線 所在地
営業中の区間
北鉄金沢駅 0.0 ● 西日本旅客鉄道:北陸本線(金沢駅)
北陸鉄道:金沢市内軌道線(1967年まで) 石川県 金沢市
七ツ屋駅 0.6 |  
上諸江駅 1.5 ●  
磯部駅 2.2 |  
割出駅 2.8 ●  
三口駅 3.3 |  
三ツ屋駅 3.9 ●  
大河端駅 4.5 |  
北間駅 5.1 |  
蚊爪駅 5.5 ●  
粟ヶ崎駅 6.3 |   河北郡内灘町
内灘駅 6.8 ●  
廃止区間
粟ヶ崎海岸駅 8.1     石川県金沢市

接続路線
欄の灰色文字は過去の接続路線

上記にあるように、北鉄金沢駅が地下駅であり、1面2線である。ほかは地上駅である。三ツ屋駅は、列車の行き違いが行われるため相対式ホーム2面2線で、また内灘駅に隣接して電車基地がある。この他の駅は1面1線の無人駅となっている。

関連項目
日本の鉄道路線一覧
123
 楼主| 发表于 2007-1-26 09:21 | 只看该作者
北陸鉄道片山津線 Encyclopedia

   


片山津線(かたやまづせん)は、石川県の片山津駅と動橋駅とを結んでいた鉄道路線である。1965年に全線が廃止された。

山中線・山代線・粟津線とともに加南線と総称されていた。山代線と同じく北陸本線の動橋駅に接続していたが、山代線とは北陸本線を挟んだ駅の反対側にあり、加南線の他の3線とは線路が繋っていなかった。


目次
1 路線データ
2 歴史
3 駅一覧
4 接続路線




路線データ
路線距離(営業キロ) : 2.7km
軌間 : 1067mm
駅数 : 4駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間 : 全線

歴史
1914年4月15日 温泉電軌により片山津~動橋間が開業
1922年11月23日 軌道から鉄道に変更
1943年11月25日 戦時統合により北陸鉄道に
1965年9月24日 全線廃止

駅一覧

片山津駅 - 片山津本町駅 - 合河駅 - 動橋駅


接続路線
動橋駅 : 北陸本線、北陸鉄道山代線(新動橋駅)
124
发表于 2007-2-9 11:47 | 只看该作者
一句话,看不懂
125
 楼主| 发表于 2007-2-13 17:26 | 只看该作者
北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線
ふるさと銀河線(ふるさとぎんがせん)は、北海道中川郡池田町(十勝支庁)の池田駅から北見市(網走支庁)の北見駅に至る北海道ちほく高原鉄道が運営していた鉄道路線。旧国鉄特定地方交通線(池北線・ちほくせん)を引き継いだ路線であるが、2006年4月21日に廃止された。路線名の「銀河」は、宮沢賢治の著作『銀河鉄道の夜』にちなむ。


目次
1 路線データ
2 歴史
3 運転形態
4 駅データ
5 関連項目
6 外部リンク



路線データ
路線距離(営業キロ):140.0km
軌間:1067mm
駅数:33駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)

歴史もともとは、道央と網走を結ぶ幹線鉄道(網走線→網走本線(あばしりほんせん))として1910年に池田側から開業したもので、1911年には野付牛(現在の北見)まで延長、1912年にはさらに網走へと延長された。しかし、1932年に石北線が野付牛に達すると距離の短い石北線がメインルートとなった。1961年には、線路名称の整理が行われて、石北線が名実ともに本線(石北本線)となり、池田~北見間が池北線となった。

池北線は、国鉄再建法施行により廃止対象となった。北海道の国鉄特定地方交通線で営業キロが100km以上あった4線(池北線のほか、標津線、天北線、名寄本線)は「長大4線」と呼ばれ、特別な配慮を地元自治体が求めた。そこで、1984年の第2次特定地方交通線承認では、バス転換しなければならないのかを調査するため、池北線など長大4線は保留された。しかし、1985年、「乗客数減少により赤字が増大することが予想され、バス転換しなければならない」として追加承認された。

1987年に北海道旅客鉄道(JR北海道)に承継されたが、1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの第三セクター設立という疑惑があるとされる(『朝日新聞』では「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている)。

しかし、沿線の過疎化が進むと同時に、足寄町まで道東自動車道(高速道路)が開通したことから、もともとモータリゼーションの発達したこの地域では鉄路よりも便利な高速道路へ利用者が流れ、1990年度には年間約100万人あった旅客も2003年度には約50万人まで半減した。

鉄道会社側は当初、沿線自治体に対して鉄路存続のための資金の協力を要請したが、銀河線以外の公共交通機関が全くないため廃止に猛反対していた陸別町以外の沿線自治体は資金の協力を拒否。そのため、2005年3月27日の取締役会で陸別町長以外の賛成により廃止することが決定され、同年4月21日に北海道運輸局長に廃止届が提出された。2006年4月20日限りで廃止され、廃止後はバス路線に転換された。これによって北海道の旧国鉄特定地方交通線は全て消滅した。

廃止後の代替交通機関となるバス路線は陸別で分断され、池田側(帯広~池田~陸別間)は十勝バス、北見側(陸別~北見間)は北海道北見バスが運行している。

1910年9月22日 網走線池田~淕別(現在の陸別)間(77.4km)開業
1911年9月25日 淕別~野付牛(現在の北見)間(62.6km)開業
1912年10月5日 野付牛~網走(後の浜網走。現在廃止)間開業。網走線全通
1912年11月18日 線名改称。池田~網走間を「網走本線」とする
1961年4月1日 路線統合網走本線のうち、池田~北見間(140.0km)を池北線とし、北見~網走間を石北本線に編入
1962年10月1日 線内初の優等列車として帯広~北見間運行の準急列車「池北」運行開始。運行当時は、帯広~陸別間1往復、帯広~北見間運行の1往復の計2往復。
1966年3月5日 準急列車制度改変により、「池北」急行列車に昇格。
1971年7月1日 「池北」陸別発着の1往復を廃止。「池北」1往復のみとなる。
1980年10月1日 「池北」運行終了。
1984年6月22日 廃止承認保留(第2次特定地方交通線)
1985年8月2日 廃止承認(第2次特定地方交通線)
1987年4月1日 国鉄民営化により北海道旅客鉄道に承継。貨物営業廃止
1989年6月4日 JR池北線廃止。北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線開業(140.0km)
1991年11月1日 根室本線帯広~池田間に乗入れ開始
1995年9月4日 岡女堂駅新設
2005年3月27日 取締役会にて廃止が決定される
2005年4月17日 臨時株主総会で廃止を正式に決定
2005年4月21日 廃止を届出
2006年4月21日 全線廃止

運転形態
全線を通しで運転する列車の他、置戸~北見間で区間列車が多く設定されていた。池田側では、足寄駅・陸別駅発着の区間列車が設定されていた。陸別~置戸間は支庁の境界を含む区間でこの区間の列車本数は少なかった。

一部の列車はJR根室本線の帯広駅まで乗入れていた。また早朝の池田~足寄間の1往復はJRの車両が乗り入れてきた。そのほか、JRのイベント列車が線内を通過することもあった。

普通列車の他、帯広~北見間に快速「銀河」が運転されており、同区間を約3時間で走破していた。また、普通列車といえども、一部の駅を通過する列車があった。





駅データ
駅名 駅間キロ 累計キロ 交換可能 快速銀河 接続路線など 所在地
全線北海道内所在
池田駅 - 0.0   ● 北海道旅客鉄道:根室本線(一部直通) (十勝支庁)
中川郡池田町
様舞駅 5.7 5.7   | 旧仮乗降場
高島駅 5.8 11.5 ○ ●  
大森駅 5.0 16.5   | 旧仮乗降場
勇足駅 4.3 20.8 ▲ ●   中川郡本別町
南本別駅 2.7 23.5   |  
岡女堂駅 3.8 27.3   | 転換後新駅
本別駅 2.5 29.8 ○ ●  
仙美里駅 6.4 36.2 ▲ |  
足寄駅 8.4 44.6 ○ ●   足寄郡足寄町
愛冠駅 6.1 50.7 ▲ |  
西一線駅 3.3 54.0   |  
塩幌駅 1.9 55.9   | 旧仮乗降場
上利別駅 2.5 58.4 ○ ●  
笹森駅 3.8 62.2   | 旧仮乗降場
大誉地駅 4.3 66.5 ▲ ●  
薫別駅 4.2 70.7   |   足寄郡陸別町
陸別駅 6.7 77.4 ○ ●  
分線駅 5.7 83.1   |  
川上駅 4.1 87.2 ▲ |  
小利別駅 6.3 93.5 ▲ ●  
置戸駅 15.9 109.4 ○ ●   (網走支庁)
常呂郡置戸町
豊住駅 4.4 113.8   | 旧仮乗降場
境野駅 2.8 116.6 ▲ ●  
西訓子府駅 1.8 118.4   | 旧仮乗降場 常呂郡訓子府町
西富駅 3.0 121.4   |  
訓子府駅 2.1 123.5 ○ ●  
穂波駅 1.8 125.3   |  
日ノ出駅 2.1 127.4 ▲ |  
広郷駅 2.0 129.4   | 旧仮乗降場 北見市
上常呂駅 2.8 132.2 ○ ●  
北光社駅 3.3 135.5   | 旧仮乗降場
北見駅 4.5 140.0   ● 北海道旅客鉄道:石北本線

交換可能:○は列車の行違い(交換)可能駅。▲は交換設備を撤去した駅
快速銀河:●の駅は停車、|の駅は通過

関連項目
日本の鉄道路線一覧
廃線

外部リンク
ふるさと銀河線沿線応援ネットワーク
ふるさと銀河線~北海道雑学百科ぷっちがいど
北海道新聞社 「北海道ふるさとの駅」
126
 楼主| 发表于 2007-2-13 17:28 | 只看该作者
相生線

旧北見相生駅に保存されているキハ22 69相生線(あいおいせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道網走支庁管内の網走郡美幌町で石北本線から分岐し、同郡津別町相生までを結んでいたが、1980年の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1985年に廃止された。

目次
1 路線データ
2 歴史
3 駅一覧
4 接続路線
5 外部リンク



路線データ
区間(営業キロ):美幌~北見相生(36.8km)
駅数:14駅(起終点駅含む。駅8、仮乗降場6)
複線区間:なし(全線単線)
電化方式:全線非電化
閉塞方式:票券閉塞式
交換可能駅:1(津別)

歴史
相生線は、沿線の林産資源開発を目的に軽便鉄道法により建設され、1924年に津別まで、翌年に全線が開業した。1980年に国鉄再建法が成立すると第1次特定地方交通線に指定され、1985年に廃止された。

北見相生から先は、「釧美線」として釧北峠を越えて釧路までの延長(改正鉄道敷設法別表第148号)が計画され、釧路側で1923年に北海道炭礦鉄道(後の雄別炭礦鉄道)が雄別炭山まで開通させていたが、炭鉱の閉山にともない1970年に廃止された。なお、当時既に釧網本線が開通している以上、必要性も低くなっていた。

なお、代替バスは鉄道と同じ美幌向けの路線(北見~美幌~津別)と、人の流れに沿って北見向けの路線(北見~津別~相生)が運行されている。

1924年11月17日 相生線美幌~津別間(16.6km)開業
1925年11月15日 津別~北見相生間(20.2km)延伸開業(全通)
1947年9月20日 布川仮乗降場設置
1955年8月20日 旭通、豊幌、高校前仮乗降場設置
1956年5月1日 達美、大昭、開拓仮乗降場設置
1956年9月20日 恩根駅、布川駅設置(仮乗降場から昇格。恩根仮乗降場の設置日不明) 
1979年12月11日 貨物営業廃止
1981年9月18日 第1次特定地方交通線として廃止承認
1985年4月1日 廃止。バス転換

駅一覧
美幌駅 - 旭通仮乗降場 - 上美幌駅 - 豊幌仮乗降場 - 活汲駅 - 達美仮乗降場 - 津別駅 - 高校前仮乗降場 - 恩根駅 - 本岐駅 - 大昭仮乗降場 - 開拓仮乗降場 - 布川駅 - 北見相生駅


接続路線
美幌駅:石北本線

外部リンク
北海道新聞社 「北海道ふるさとの駅」
http://www.japaneseencyclopedia.com/topic/日本の廃止鉄道路線一覧.html
127
 楼主| 发表于 2007-2-13 17:30 | 只看该作者
糸満馬車軌道
糸満馬車軌道(いとまんばしゃきどう)とは、現在の沖縄県那覇市垣花町(国場川の左岸、現在の奥武山公園の北側)と糸満市を結んでいた馬車鉄道、およびその運営会社である。1935年に休止となり、その後正式に廃止された。


目次
1 路線データ
2 運行形態
3 車両
4 歴史
5 駅一覧
6 関連項目



路線データ
※廃止時点

路線距離:垣花~糸満 9.3km
軌間:762mm
駅数:16駅(起終点駅含む)
電化区間:なし(全線非電化)

運行形態
開業当初は30分間隔で運転され、垣花~糸満間を40~60分で結んでいた。


車両開業当初は客車(定員14人)10両。1922年には貨車も導入している。


歴史
1917年1月に地元の資本家らが那覇~糸満間で旅客運送を行う馬車鉄道の起業を出願し、同年10月には特許を受けた。会社は1918年3月に設立され、1919年6月に垣花~地覇間が開業。翌1920年5月までに全線が開業した。

1923年には競合路線となる沖縄県営鉄道糸満線が開業するが、同線は迂回ルートであったことから所要時間では糸満馬車軌道と大差なく、経営への影響は軽微だった。しかし、1931年にバスの運行が始まると利用者が大幅に減少したため1935年10月に運行を休止。1939年11月には正式に廃止された。

1918年3月25日 糸満馬車軌道設立。
1919年6月12日 垣花~地覇間が開業。
1919年7月4日 地覇~川尻間が開業。
1920年5月1日 川尻~糸満間が開業(全線開業)。川尻駅を廃止。
1935年10月1日 運行を休止。
1939年11月29日 廃止許可。

駅一覧
※廃止時点

垣花(かちぬふぁな)‐蚊坂(がじゃんびら)‐金城(かなぐしく)‐安次嶺(あんしみ))‐当間(とーま)‐高宮城(たかみやぐしく)‐具志(ぐし)‐地覇(ちーは)‐伊良波(いらは)‐座安(ざあ)‐保英茂(びん)‐翁長(おなが)‐阿波根(あーぐん)‐潮平(すんざ)‐兼城(かねぐしく)‐糸満(いとまん)


関連項目
廃線
沖縄の鉄道
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 楼主| 发表于 2007-2-14 08:16 | 只看该作者
胆振線
胆振線(いぶりせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道胆振支庁管内の伊達市の伊達紋別駅で室蘭本線から分岐し、後志支庁管内の虻田郡倶知安町の倶知安駅で函館本線に接続する。国鉄再建法の制定に伴い、特定地方交通線(第2次)に指定され、1986年に廃止された。


目次
1 路線データ
2 歴史
2.1 倶知安~脇方間(京極線)
2.2 京極~喜茂別間(胆振鉄道)
2.3 伊達紋別~西喜茂別間(胆振縦貫鉄道)
2.4 胆振縦貫鉄道買収後
3 運転
4 接続路線
5 駅一覧
6 外部リンク



路線データ
管轄:日本国有鉄道
区間(営業キロ):
伊達紋別~倶知安 83.0km
京極~脇方 7.5km
軌間:1067mm
駅数:21(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:タブレット閉塞式
交換可能駅:5?(久保内、新大滝、御園、喜茂別、京極)?
廃止時の簡易委託駅:久保内、蟠渓、北湯沢、優徳、御園、南京極、東京極、寒別

歴史
胆振線は、歴史的に軽便鉄道法によって建設された京極以北と、私鉄を買収した京極以南に分かれる。

倶知安~京極~脇方間は、改正鉄道敷設法制定以前に軽便鉄道法により計画された路線で、1919年から翌年にかけて京極軽便線(きょうごくけいべんせん。1922年に京極線に改称)として全通した。

京極以南は、改正鉄道敷設法別表第131号に規定する予定線「胆振國京極ヨリ喜茂別、壯瞥ヲ經テ紋鼈至ル鐵道」に沿い、京極線の延長の形で胆振鉄道(いぶりてつどう)が建設し、1928年に喜茂別(初代)まで開業した。

1940年には、胆振縦貫鉄道(いぶりじゅうかんてつどう)によって伊達紋別~徳瞬瞥(とくしゅんべつ=後の新大滝)間が開業、翌年には胆振鉄道を合併、そして西喜茂別(後の喜茂別(2代))まで延伸され、伊達紋別~京極間が全通した。

1944年には、胆振縦貫鉄道が戦時買収され、京極線と合わせて胆振線となっている。

枝線となった京極~脇方間については、鉱山の閉山により輸送量が減少し、赤字83線の取組みの中で1970年に廃止された。残った伊達紋別~倶知安間についても、1980年に国鉄再建法が成立すると、第2次特定地方交通線に指定され、1986年に廃止された。1977年の有珠山噴火被害の復旧費用が嵩んだことも要因とされる。

改正鉄道敷設法には、京極から留寿都を経て壮瞥に至る鉄道(別表第132号)も規定されていたが、こちらは全くの未着手に終わった。


倶知安~脇方間(京極線)
1919年11月15日 【開業】京極軽便線 倶知安~京極(13.4km) 【駅新設】六郷、寒別、京極
1920年7月15日 【延伸開業・全通】京極~脇方(7.5km) 【駅新設】脇方
1922年9月2日 【線名改称】京極線

京極~喜茂別間(胆振鉄道)
1928年10月21日 【開業】胆振鉄道 京極~喜茂別(11.0km) 【駅新設】川上温泉(停留場)、留産、喜茂別(初代)
1931年6月25日 【駅新設】東倶知安(停留場)

伊達紋別~西喜茂別間(胆振縦貫鉄道)
1940年12月15日 【開業】胆振縦貫鉄道伊達紋別~徳瞬瞥(35.0km) 【駅新設】上長流(停留場)、壮瞥、久保内、蟠渓、優園(停留場)、優徳、徳舜瞥
1941年9月27日 【合併】胆振縦貫鉄道←胆振鉄道 【駅名改称】東倶知安→東京極(停留場)
1941年10月12日 【延伸開業・全通】徳瞬瞥~西喜茂別(24.2km) 【旅客営業廃止】西喜茂別~喜茂別(0.7km)  【駅新設】尾路遠(おろえん)(停留場)、御園、北鈴川、西喜茂別 【一般駅→貨物駅】喜茂別
1943年12月頃から、昭和新山の火山活動により壮瞥村(当時)の地盤が隆起をはじめ、上長流-壮瞥間でたびたび線路が崩壊。保線と新線建設が火山活動の終了まで繰り返される。

胆振縦貫鉄道買収後
1944年7月1日 【買収・国有化】胆振縦貫鉄道 伊達紋別~京極、西喜茂別~喜茂別【区間併合・線名改称】胆振線 伊達紋別~倶知安、京極~脇方(胆振縦貫鉄道買収線に京極線を編入) 【路線廃止】西喜茂別~喜茂別(喜茂別駅(旧西喜茂別駅)構内に併合) 【駅名改称】優園→北湯沢、川上温泉→南京極、西喜茂別→喜茂別(2代) 【駅廃止】東京極 【駅→仮乗降場】尾路遠
1952年11月15日 【駅名改称】徳舜瞥→新大滝
1959年10月1日 【駅名改称】上長流→上長和
1960年10月1日 【駅新設】北岡、参郷
1962年12月17日 【駅新設】東京極
1970年11月1日 【路線廃止】京極~脇方(-7.5km) 【駅廃止】脇方
1984年6月22日 第2次特定地方交通線として廃止承認
1985年?? 【仮乗降場廃止】尾路遠
1986年11月1日 【路線廃止】全線(-83.0km)。道南バスにバス転換。

運転全線通しの列車の他、「伊達紋別~新大滝」や「御園~倶知安」・「喜茂別~倶知安」という区間列車があった(新大滝~御園間は胆振支庁~後志支庁の境になり、人口も特に希薄なため、この区間で運行便数が少なくなっていた)。

循環運転を行う準急・急行「いぶり」が走っていたことでも知られる(札幌~札幌、千歳線~室蘭本線~胆振線~函館本線経由、キハ22形気動車)。

「いぶり」について
1962年10月 臨時の準急列車として内回り便(札幌→倶知安→伊達紋別→札幌の方向)のみが設定される。
1963年10月 定期化される。
1963年12月 外回り便(札幌→伊達紋別→倶知安→札幌の方向)の運転を開始。
この当時は、札幌駅~東室蘭駅間が準急「ちとせ」(札幌駅~室蘭駅)と連結された2階建て列車、倶知安駅~札幌駅間が準急「ニセコ」(蘭越駅(注1)・岩内駅~札幌駅)と連結された2階建て(小沢駅~札幌駅間は3階建て)列車として運転されていた。
1965年10月 「ちとせ」に加え、札幌駅~伊達紋別駅の間で準急「とうや」(札幌駅~洞爺駅)との連結を開始。札幌駅~東室蘭駅間は3階建て、東室蘭駅~伊達紋別駅間は2階建てとなる。
1966年3月 急行に格上げ。
1967年10月 倶知安駅~札幌駅間にて連結する相手が「ニセコ」から「らいでん」に変更されるが、運転区間はそれまで通り。
1972年3月 「とうや」が「ちとせ」に改称されるが、運転区間はそれまで通り。
1980年10月 廃止。
(注1)上りの「ニセコ」は目名駅(1965年10月からは上目名駅(1984年4月に駅廃止))まで運行されていた。また「ニセコ」は、上目名駅・目名駅・蘭越駅~倶知安駅間および岩内線内は普通列車(「らいでん」も同様)となっていた。

接続路線
伊達紋別駅:室蘭本線
倶知安駅:函館本線

駅一覧
伊達紋別駅 - 上長和駅 - 壮瞥駅 - 久保内駅 - 蟠渓駅 - 北湯沢駅 - 優徳駅 - 新大滝駅 - 御園駅 - 北鈴川駅 - 喜茂別駅 - 留産駅 - 南京極駅 - 東京極駅 - 京極駅 - 北岡駅 - 寒別駅 - 参郷駅 - 六郷駅 - 倶知安駅

支線:京極駅 - 脇方駅


外部リンク
北海道新聞社 「北海道ふるさとの駅」
129
 楼主| 发表于 2007-2-14 08:17 | 只看该作者
岩内線
岩内線(いわないせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道後志支庁管内の岩内郡共和町で函館本線から分岐し、同郡の岩内町までを結んでいたが、1980年の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1985年に廃止された。

目次
1 路線データ
2 歴史
3 接続路線
4 駅一覧
5 外部リンク



路線データ
管轄:日本国有鉄道
区間(営業キロ):小沢~岩内 14.9km
駅数:6(起点駅を含む)
軌間:1067mm
複線区間:なし(全線単線)
電化方式:なし(全線非電化)
閉塞方式:タブレット閉塞式
交換可能駅:なし(全線1閉塞)

歴史
岩内線は、岩内と函館本線を接続する目的で、軽便鉄道法に則って建設され、岩内軽便線(いわないけいべんせん)として1912年に全線が開業した。岩内はニシン漁で栄えた日本海に面した良港で、岩内線沿線にも銅を産出する鉱山があり、海産物や鉱石の輸送で活況を呈していた。しかし、ニシン漁の衰退や鉱山の閉山、バスの発達により、岩内線の輸送量は客貨ともに減少し、1980年に国鉄再建法が成立すると第1次特定地方交通線に指定され、1985年に廃止された。

また、太平洋戦争後、函館本線の急勾配を緩和するバイパスルートとして、岩内から寿都を経由して黒松内に至る鉄道(改正鉄道敷設法別表第130号の2)が計画された。黒松内~寿都間で1968年まで開業していた寿都鉄道の路盤跡を転用することも内定していたが、一部の用地買収が行なわれたのみで1972年に中止された。

1912年11月1日 【開業・全通】岩内軽便線小沢~岩内(14.9km) 【駅新設】前田、岩内
1913年9月21日 【駅新設】国富
1919年12月5日 【駅新設】幌似
1922年9月2日 【線名改称】岩内線
1963年10月1日 【駅新設】西前田
1981年9月18日 第1次特定地方交通線として廃止承認
1984年2月1日 【貨物営業廃止】全線(-14.9km)
1985年7月1日 【路線廃止】全線(-14.9km)。ニセコバスに転換

接続路線
小沢駅:函館本線

駅一覧
小沢駅 - 国富駅 - 幌似駅 - 前田駅 - 西前田駅 - 岩内駅


外部リンク
北海道新聞社 「北海道ふるさとの駅」
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 楼主| 发表于 2007-2-14 08:19 | 只看该作者
歌志内線
歌志内線(うたしないせん)は、北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道砂川市(空知支庁管内)の砂川駅で函館本線から分岐し、歌志内市の歌志内駅を結んでいたが、1988年に廃止された。


目次1 路線データ(廃止時)
2 歴史
3 接続路線
4 駅一覧



路線データ(廃止時)
管轄:北海道旅客鉄道(第一種鉄道事業者)、日本貨物鉄道(第二種鉄道事業者)
路線距離(営業キロ)砂川~歌志内 14.5km
軌間:1067mm
複線区間:なし(全線単線)
電化方式:なし(全線非電化)
閉塞方式:タブレット閉塞式
交換可能駅:なし(全線1閉塞)

歴史
沿線の炭鉱から産出される石炭の積み出しのため、1891年に北海道炭礦鉄道により開業した路線で、1906年、鉄道国有法により買収・国有化され、官設鉄道となった。以来、運炭輸送にあたってきたが、炭鉱の衰退に伴って客貨とも輸送量が減少し、廃止対象となった。

1980年の国鉄再建法施行により、1984年に第2次特定地方交通線に指定され、1987年に日本国有鉄道(国鉄)から北海道旅客鉄道に承継された後、1988年にバス転換された。

なお、同じように砂川駅から分岐していた運炭路線の函館本線上砂川支線は、「函館本線の一部」とされていたためこの時廃止対象にならず、1994年になってようやく廃止された。

終点の歌志内駅から根室本線の茂尻駅もしくは平岸駅と接続する構想まで出されたが果たせなかった。

1891年7月5日 【開業】北海道炭礦鉄道砂川~歌志内(8M64C) 【駅新設】歌志内
1896年10月21日 【駅新設】神威
1906年10月1日 【国有化】砂川~歌志内(8.9M)
1909年10月12日 【国有鉄道線路名称設定】歌志内線砂川~歌志内
1946年11月1日 【仮乗降場新設】文殊
1947年2月20日 【仮乗降場→駅】文殊
1960年12月26日 【駅新設】歌神
1961年2月10日 【駅新設】西歌
1961年12月25日 【駅新設】焼山
1984年6月22日 第2次特定地方交通線として廃止承認
1987年4月1日 【承継】日本国有鉄道→北海道旅客鉄道(第1種)、日本貨物鉄道(第2種)
1988年4月25日 【路線廃止】全線(-14.5km)。北海道中央バスにバス転換

接続路線
砂川駅:函館本線、上砂川支線(函館本線の一部)

駅一覧
砂川駅 - 焼山駅 - 文殊駅 - 西歌駅 - 神威駅 - 歌神駅 - 歌志内駅

なおこの歌志内線の駅名は、元々地名の少ない北海道的な命名が多いと言われる事がある。各駅名の由来は下記の通り。

「砂川」・・・アイヌ語地名の「オタ・ウシ・ナイ」(砂の多い川)の意訳。
「焼山」・・・蒸気機関車の火の粉によって、周辺の山で火災がよく発生したことから。
「文殊」・・・近くにあった炭鉱が3人の共同経営であったため、「三人寄れば文殊の知恵」のことわざに因んで命名。
「西歌」・・・歌志内市の西側に駅が設けられたことから。
「神威」・・・アイヌ語の「カムイ・ヌプリ」(神の山)の音訳命名である「神威山」が近くに存在したことから。
「歌神」・・・神威駅と歌志内駅の間に新たに設けられた駅だから。
「歌志内」・・・アイヌ語地名の「オタ・ウシ・ナイ」(砂の多い川)の音訳。
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 楼主| 发表于 2007-2-14 08:33 | 只看该作者
興浜南線
興浜南線(こうひんなんせん)は、日本国有鉄道が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道網走支庁管内の紋別郡興部町の興部駅で名寄本線から分岐し、同郡雄武町の雄武駅までを結んでいたが、1980年の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1985年に廃止された。

なお、終点の雄武駅の読みは「おむ」であったが、所在地の自治体名は「おうむ」である。 また、線路は雄武駅からさらに国道238号線をまたいで漁港まで続いていた。


目次1 路線データ
2 歴史
3 駅一覧
4 接続路線
5 外部リンク



路線データ
管轄:日本国有鉄道
区間(営業キロ):興部~雄武(19.9km)
駅数:6(起点駅を含む。駅4、仮乗降場2)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:タブレット閉塞式
交換可能駅:なし(全線1閉塞)

歴史
改正鉄道敷設法別表第145号に規定する予定線の一部で、本来は興浜北線と結んで興部~浜頓別間のオホーツク海沿岸を縦貫する鉄道(興浜線)の一部となる計画であった。1935年に雄武までが開業したが、太平洋戦争末期の1944年には不要不急線として全線が休止、戦後すぐに復活した。

両線を結ぶ区間の一部で建設工事も行なわれていたが、沿線の開拓計画の頓挫などから建設は進まず、結局接続する予定であった興浜北線ともども第1次特定地方交通線に指定され、両線とも1985年に廃止。一部で完成していた未成区間の路盤等も放棄された。また、両線が接続していた名寄本線、天北線も第2次特定地方交通線に指定され、廃止されている。

廃止協議の過程で、未成区間を完成させ接続する天北線や名寄本線、湧網線などと一体化させた「オホーツク縦貫鉄道構想」も立案されたが、開業しても毎年数億円単位の赤字が発生することが判明し、結局断念されている。

1935年9月15日 【開業・全通】興浜南線興部~雄武(19.9km)
1944年11月1日 【休止】全線(-19.9km)
1945年12月5日 【復活】全線(+19.9km)
1948年7月1日 【仮乗降場新設】栄丘
1955年12月25日 【仮乗降場新設】元沢木、雄武共栄
1956年9月20日 【仮乗降場→駅】栄丘
1981年9月18日 第1次特定地方交通線として廃止承認
1984年2月1日 【貨物営業廃止】全線
1985年7月15日 【路線廃止】全線(-19.9km)。北紋バスにバス転換

駅一覧
興部駅 - 沢木駅 - 元沢木仮乗降場 - 栄丘駅 - 雄武共栄仮乗降場 - 雄武駅


接続路線
興部駅:名寄本線

外部リンク
北海道新聞社 「北海道ふるさとの駅」
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发表于 2007-2-15 12:31 | 只看该作者
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 楼主| 发表于 2007-4-30 17:38 | 只看该作者
新松田駅 Japanese Encyclopedia  

新松田駅
新松田駅(しんまつだえき)は、神奈川県足柄上郡松田町松田惣領1356にある、小田急電鉄小田原線の駅である。


大部分の新宿からの急行はこの駅で列車の切り離しが行われるうえ、急行はこの駅を境に各駅停車に変化する編成とそうでない編成に分かれるので注意が必要である。なお、特急「あさぎり」はJR御殿場線の松田駅から発着する(運賃計算上は同一)。


駅舎目次1 駅構造
1.1 のりば
2 駅周辺
2.1 路線バス
3 歴史
4 駅名の由来
5 隣の駅
6 関連項目
7 外部リンク



駅構造島式ホーム2面4線を持つ地上駅である。

小田原方に折り返し引き上げ用のY線が設けられている。 新宿方の構内にJR東海御殿場線の松田駅に通じる連絡線があり、特急「あさぎり」がこれを通って御殿場線と直通運転している。

駅舎は開業当時(1927年)から1970年代後半まで、牧歌的かつ、歴史的建造物のギャンブレル屋根(よく鉄道ファンの間ではマンサード屋根と言われているが、本来マンサード屋根は寄棟屋根に近い形であり、切妻屋根に近い形の場合はギャンブレル屋根というのが正解である)の駅舎であった。現在、ギャンブレル屋根の駅舎の小田急線の駅は向ヶ丘遊園駅北口駅舎のみである。


のりば
海側(南側)から
1 ■小田原線 待避線 小田原・(箱根登山線直通)箱根湯本方面
2 ■小田原線 本線 小田原・(箱根登山線直通)箱根湯本方面
3 ■小田原線 本線 本厚木・相模大野・町田・新宿・千代田線方面
4 ■小田原線 待避線 本厚木・相模大野・町田・新宿・千代田線方面


駅周辺
松田駅 - JR東海御殿場線
松田町役場
松田町民文化センター
松田町体育館
松田郵便局
松田惣領郵便局
ヤオマサ
松田山ハーブガーデン
東名ハイウェイバス・小田急箱根高速バス松田バスストップ
神奈川県立足柄上病院
立花学園高校
以下は、この駅からバス利用。

寄自然休養村
第一生命保険大井本社
開成町役場 - 開成町内に開成駅があるが、かなり距離があるため当駅からバスを利用するのが便利。

路線バス
新松田駅
湘南神奈交バス・箱根登山バス・富士急湘南バス
1番乗り場(箱根登山バス)
関本(大雄山駅)(新道経由) ※平日1本のみ五反田も経由
地蔵堂(新道・関本経由) ※午前のみ、平日1本のみ内山も経由
富士フイルム西門(新道・関本経由) ※1日2~6本、平日1本のみ竹本も経由
関本(大雄山駅)(旧道経由) ※平日土曜1本のみ竹本も経由
富士フイルム西門(旧道・関本経由) ※1日3~4本のみ
2番乗り場(湘南神奈交バス)
<神04> 渋沢駅北口 ※休日1本のみ
1番乗り場(富士急湘南バス)
<松62> 西丹沢自然教室(向原・山北駅・谷峨駅・丹沢湖・中川温泉経由)
<松64> 中川温泉(向原・山北駅・谷峨駅・丹沢湖経由)
<松75> 大野山登山口(向原・山北駅経由) ※春・秋の休日のみ
<松69,小19> 山北駅(向原経由)
<松105> アサヒビール(向原経由)
2番乗り場(富士急湘南バス)
<小11,小19> 小田原駅(曽我支所入口・西大友経由)
<小12> 小田原駅(曽我支所入口・西大友・日本新薬経由) ※平日1本のみ
<小13> 曽我支所入口 ※1日0~2本のみ
<松76> 篠窪(湘光中グランド・上大井駅経由) ※平日のみ
<松78> 和田河原駅 ※平日土曜のみ
<松97> 栢山駅 ※平日土曜のみ
<松95> 富士霊園 ※春~秋の土休日のみ
3番乗り場(富士急湘南バス)
<小14> 小田原駅(下曽我駅経由)
<国1> 国府津駅(上大井駅入口・下曽我駅経由)
<国1> 上大井駅(上大井駅入口経由) ※1日0~2本のみ
<松51> 寄
<松72> 第一生命本社 ※平日土曜のみ、平日は急行あり
<松72> 篠窪 ※平日土曜のみ、一部第一生命本社も経由
<松74> いこいの村あしがら ※平日土曜のみ、一部第一生命本社も経由

歴史
1927年4月1日 開業。「直通」の停車駅となる。(尚、「各駅停車」は、新宿駅~現在の向ヶ丘遊園駅である稲田登戸駅間のみの運行であり、当駅までの運行はなかった。)
1927年10月15日 「急行」が登場し、停車駅となる。
1944年11月 大東亜戦争の戦況悪化に伴い、「急行」の運行が中止される。
1945年6月 従来、新宿駅~稲田登戸駅(現、向ヶ丘遊園駅)間のみの運行の「各駅停車」が全線で運行されることとなり、「各駅停車」の停車駅となる。(同時に、「直通」は廃止される。)
1946年10月1日 「準急」が登場し、停車駅となる。
1949年10月1日 「急行」が復活し、停車駅となる。
1955年3月25日 「通勤急行」が登場し、停車駅となる。
1955年10月 駅の北に御殿場線松田駅との間を結ぶ連絡線完成。
1960年3月25日 「通勤準急」が登場し、停車駅となる。
1966年 小田急ロマンスカー「さがみ」号の運行開始に伴い、同列車の停車駅となる。
1980年3月5日 新駅(二代目)舎が完成し、供用開始。なお、今まで使われていた初代駅舎は、向ヶ丘遊園に移設され、「鉄道資料館」の館舎となる。
2004年12月11日 「快速急行」、「区間準急」が登場し、停車駅となる。

駅名の由来駅
所在地の地名「松田」から。JR御殿場線に松田駅があるため、「新松田」と名付けられた。尚、「松田」という地名は、寒川神社の祭祀料をまかなう「祭り田(まつりだ)」があったことに由来している。


隣の駅
小田急電鉄
小田原線
■特急ロマンスカー
「はこね号」・「さがみ号」の一部列車停車駅
■快速急行・■急行(大部分)
渋沢駅 - 新松田駅 - 小田原駅
■急行(本厚木以西各駅に停車する列車)・■準急・■各駅停車
渋沢駅 - 新松田駅 - 開成駅
■区間準急
渋沢駅 - 新松田駅

関連項目
日本の鉄道駅一覧

外部リンク
小田急電鉄 新松田駅
小田急小田原線
新宿 - 南新宿 - 参宮橋 - 代々木八幡 - 代々木上原 - 東北沢 - 下北沢 - 世田谷代田 - 梅ヶ丘 - 豪徳寺 - 経堂 - 千歳船橋 - 祖師ヶ谷大蔵 - 成城学園前 - 喜多見 - 狛江 - 和泉多摩川 - 登戸 - 向ヶ丘遊園 - 生田 - 読売ランド前 - 百合ヶ丘 - 新百合ヶ丘(>>唐木田方面) - 柿生 - 鶴川 - 玉川学園前 - 町田 - 相模大野(>>片瀬江ノ島方面) - 小田急相模原 - 相武台前 - 座間 - 海老名 - 厚木 - 本厚木 - 愛甲石田 - 伊勢原 - 鶴巻温泉 - 東海大学前 - 秦野 - 渋沢 - 新松田 - 開成 - 栢山 - 富水 - 螢田 - 足柄 - 小田原(>>箱根湯本方面)
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 楼主| 发表于 2007-5-1 18:29 | 只看该作者
相生駅 (兵庫県)

相生駅相生駅(あいおいえき)は、兵庫県相生市にある西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅である。



目次
1 利用可能な鉄道路線
2 駅構造
3 利用状況
4 駅周辺
5 歴史
6 駅弁
7 隣の駅
8 その他
9 関連項目
10 外部リンク



利用可能な鉄道路線
西日本旅客鉄道
山陽新幹線
山陽本線
赤穂線

駅構造
新幹線は2面2線の高架ホーム、在来線は2面3線の地平ホームを持つ。

1番線
山陽本線下り(岡山方面):朝晩のみ
赤穂線(播州赤穂方面):朝晩のみ
2番線
山陽本線上り(姫路・大阪方面)
赤穂線(播州赤穂方面):日中のみ
3番線
山陽本線下り(岡山方面):日中のみ
山陽本線上り(姫路・大阪方面):朝晩の一部のみ
11番線
山陽新幹線下り(岡山・博多方面)
12番線
山陽新幹線上り(大阪・東京方面)
日中は、姫路方面から播州赤穂方面の系統が上下とも2番線から発車し、上郡方面は相生発着で3番線で折り返す。姫路方面から上郡方面は上下とも1~8分の接続で対面乗換可能なダイヤが組まれている。上郡方面から播州赤穂方面へも、上下とも3~6分の接続で対面乗換可能。なお、在来線ホームの改札内にトイレはない。


利用状況
2004年度の乗車人数は4,548人/日。(兵庫県統計書より)


駅周辺
周辺は谷間のため、住宅や商店が密集しているが、それほど広がっているわけではない。

国道2号
相生ステーションホテル
にぎわい市場

歴史
1890年7月10日 開業。当時は那波(なば)と名乗っていた。
1942年 駅名が現駅名になる。
1972年3月15日 山陽新幹線が岡山まで暫定営業の際、開業する。
1987年 国鉄分割民営化で西日本旅客鉄道の駅になる。
2005年2月23日 山陽新幹線に自動改札機を取り入れる。

駅弁
創業明治23年の地元企業「エノキ」の駅弁。新幹線改札内の売店のみでの販売(在来線での弁当販売はない)。改札外のうどん・そば店でも注文すれば購入できるが、この場合は店員が新幹線改札内の売店まで商品を取りに行くので、数分待つことになる。

いかなごのくぎ煮めし
討入太鼓寿司
おむすびランチ
かきめし
義士弁当
元禄勝鬨べんとう
元禄大名道中御膳
三色幕の内「忠臣蔵」
四季彩幕の内「百花扇」
しゃこ舟すし
助六ずし
瀬戸内の味ままかり寿司
瀬戸のしゃこめし
早駕篭弁当
タイ風炒飯
地酒入りほろ酔ひ忠臣蔵
播州室津あなご弁当
幕の内「味ごよみ」
幕の内弁当「華ごよみ」
松茸弁当
洋風弁当

隣の駅
西日本旅客鉄道
山陽新幹線
姫路駅 - 相生駅 - 岡山駅
山陽本線
新快速、快速、普通
竜野駅 - 相生駅 - 有年駅
赤穂線
新快速、快速、普通
相生駅 - 西相生駅

その他
国内の駅を五十音順に並べるとこの駅は最初に来る。

ただし乗換案内などの路線検索では、他に同名駅の相生駅(岐阜県)があり、【あいおい(ぎふ)】となるため最初には表示されない。また他にも、群馬県に読みが「あいおい」と同じで字が違う相老駅が存在する。

余談であるが、新幹線駅が設けられた理由は、姫路~岡山間の駅間距離が長い事により待避設備が必要になったためである。


関連項目
日本の鉄道駅一覧
割出駅(石川県・日本の駅名の五十音順で最後に来る駅)
蕨岱駅(北海道・JRの駅名の五十音順で最後に来る駅)
鉄道と政治

外部リンク
JR西日本(相生駅)




山陽新幹線
(東海道新幹線<<)新大阪 - 新神戸 - 西明石 - 姫路 - 相生 - 岡山 - 新倉敷 - 福山 - 新尾道 - 三原 - 東広島 - 広島 - 新岩国 - 徳山 - 新山口 - 厚狭 - 新下関 - 小倉 - 博多(>>博多南方面)山陽本線(姫路-三原)
(神戸方面<<) 姫路 - 英賀保 - 網干 - 竜野 - 相生 - 有年 - 上郡 - 三石 - 吉永 - 和気 - 熊山 - 万富 - 瀬戸 - 上道 - 東岡山 - 高島 - 岡山 - (貨)西岡山 - 北長瀬 - 庭瀬 - 中庄 - 倉敷 - 西阿知 - 新倉敷 - 金光 - 鴨方 - 里庄 - 笠岡 - 大門 - 東福山 - 福山 - 備後赤坂 - 松永 - 東尾道 - 尾道 - 糸崎 - 三原 (>>広島方面)赤穂線
相生 - 西相生 - 坂越 - 播州赤穂 - (貨)西浜 - 天和 - 備前福河 - 寒河 - 日生 - 伊里 - 備前片上 - 西片上 - 伊部 - 香登 - 長船 - 邑久 - 大富 - 西大寺 - 大多羅 - 東岡山 ( - 高島 - 岡山)
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 楼主| 发表于 2007-5-1 18:30 | 只看该作者
相生駅 (岐阜県)
相生駅(あいおいえき)は、岐阜県郡上市八幡町相生にある長良川鉄道越美南線の駅。


目次
1 駅構造
2 駅周辺
3 歴史
4 隣の駅
5 その他
6 関連項目



駅構造
1面1線の無人駅。

駅周辺
郡上市立相生小学校
国道156号
国道256号

歴史
1929年12月8日 美濃相生駅として開業。
1986年12月11日長良川鉄道移管と同時に相生駅に改称。

隣の駅
長良川鉄道
越美南線
深戸駅 - 相生駅 - 郡上八幡駅

その他
国内の駅を五十音順に並べるとこの駅は最初に来る。

割出駅(石川県・日本の駅名の五十音順で最後に来る駅)
蕨岱駅(北海道・JRの駅名の五十音順で最後に来る駅)

関連項目
日本の鉄道駅一覧



長良川鉄道越美南線
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